ミツオ日記

自称詩人 熊野ミツオの日々

三日に渋谷に行った話

 お正月の三日に渋谷に行った。ぼくは普段は渋谷に行ったりしない。でも、見たい映画が渋谷のブンカムラでやっていたので、滅多に行かない渋谷まで行ったのだった。

 渋谷駅から出ると、いろんなものがあった。デカい広告があった。「この街の主役はきみだ」と書いてある。多くの人間が歩いていた。若者が多い。噂のスクランブル交差点もあった。

 ぼくはきょうを攻めのいちにちにすることに決めていた。映画を見るだけではなく、マクドナルドでごはんを食べて、ブックオフで本を買おうと考えていた。でも、あまり細かく計画を練ったわけではなかった。とりあえず、ブンカムラに行って、十四時からの映画のチケットをとった。

 ぼくがこの日、見ようとおもっていた映画は濱口竜介監督の『偶然と想像』だった。濱口竜介監督の作品は、いま、話題になっている『ドライブ・マイ・カー』や、少し前の『寝ても覚めても』を見ていて、両方とも好きだった。だから、今回も期待していた。

 スマートフォンマクドナルドの場所を調べて、お昼ごはんを食べに行った。最近、テレビやSNSで話題のサムライマックを食べた。サムライマックは肉が二枚とチーズが挟まっていて、焼肉のたれのようなものがかかっていた。食べているうちに生の玉ねぎも挟まっているのがわかった。焼肉のたれのかかった肉に生の玉ねぎを組み合わせるなんて野蛮だという気がした。でも、その気持ちはわかるな、ともおもった。ぼくは、サムライマックを予想していたほどおいしいとおもわなかった。

 次、行くブックオフのことをスマートフォンで調べた。

 ところで、渋谷のマクドナルドには女子高生がたくさんいたかというと、そうでもなかった。渋谷のマクドナルドは薄暗かった。ぼくの正面には、オタクみたいな青年がひとりでいて、横にはヤンキーみたいな若者の集団がいて騒いでいた。女子高生はいなかった。考えてみれば、お正月の三日目からマクドナルドに来る女子高生はいないのかもしれない。

 ブックオフの情報は出てこなかった。変わりにビンゴという名前の本屋が検索にヒットしたのでそこに行くことにした。ブックオフで検索して、なぜビンゴが出るのかわからなかったけれど、たぶん、ブックオフのようなものなのだろう、とおもった。でも、後で友だちから聞いたところによると、渋谷にはブックオフはないのだそうだ。

 ビンゴという本屋はもじゃもじゃと植物に覆われた不思議な外観のビルの三階だったか、四階にあった。そこはどう見ても、古本屋ではなかった。新しい本が、それなりのこだわりを持って並べられていた。普通の本屋だったら、本は出版社によって分けられているけれど、ビンゴでは本は純粋に著者別に分けられていた。同じ著者の本だったら、文庫本もハードカバーも同じ棚に並べられている。

 ぼくはヴィレッジヴァンガードのようなこだわりを持った本屋が苦手なほうだ。なんとなくこだわりを押し付けられるは嫌だな、という気がした。考えてみれば、ぼくは、こだわりを持った本屋だけではなく、お洒落な雰囲気の場所が苦手なのかもしれない。

 せっかく来たのだから本を選ぼうとおもって、フロアの端から端まで本を見ていった。でも、なんとなく薄暗くて、本を選ぶのに苦労した。お洒落な女の子が外国文学のコーナーの辺りで熱心に立ち読みをしていた。それ以外のところには、客はほとんどいなかった。あまり落ち着いた気分になれなかった。

 本を買わずに建物から出た。外は明るかった。映画の時間まで、まだ、たくさん時間があった。仕方がないので、喫茶店を探して歩いた。ぼくは家の近所のコメダ珈琲店の常連なので、渋谷でもコメダ珈琲店を探そうかとおもったけれど、そこまでこだわる必要もない気がした。目に留まったドトールに入って、カフェオレのホットを頼んだ。

 ぼくは疲れていた。いまのような精神状態で、二時間の映画を見られるか不安だった。ドトールの席の目の前には、カップを返却する棚とゴミ箱があった。ゴミ箱からは半分、ゴミがはみ出していた。ぜんぜんうつくしくないな、という気がした。持ってきた文庫本を読もうとしてみたけれど、頭に入ってこなかったのであきらめた。

 仕方がないので、なるべくボンヤリしようとおもった。目の前のカップの返却の棚とゴミ箱から半分はみ出したゴミを見ているのは嫌だったので、視線を手元に戻してみた。カフェオレの入ったカップがあった。横を見ると、他の客がコーヒーを飲んだり、雑談したりしていた。あまり調子がよくない。

 映画の三十分くらい前になったので、ぼくはドトールから出た。道端に熱帯魚を飼っている水槽がある脇を通り過ぎた。渋谷はたしかに大きな街だ。

 ブンカムラに戻ってきた。ブンカムラは大理石の柱とかがあって、全体的につるつるしていて、気取っていて、居心地の悪い場所、という印象だった。

映画館のある六階まで、エレベーターに乗って行った。『偶然と想像』のポスターがあったので、それをスマートフォンで撮影した。映画館の前のホールには、これから映画を見るひとが集まっていた。ぼくはトイレに行って、おしっこを済ませた。それから、またホールに戻ってきた。まだ、時間にならないので、エレベーターの前辺りで待っていた。そこのソファにはおじさんが三人くらい座っていた。どのおじさんもひとりで、見栄えのしないおじさんだったけれど、彼らは映画が好きなおじさんなのだという気がした。

 ようやく入場できる時間になった。手先を消毒して、体温を計った。ここで、熱が出ていて、映画館に入れなかったら悲惨だ、とおもったけれど熱はなかった。

映画は、すごくおもしろかった。きょうがぼくの二千二十二年の映画初めだったということになる。そういう意味では、いきなり当たりを引いたと言える。長い時間、街をうろついた後だったので、疲れていたけれど、そういう疲れも吹き飛んだ。二時間、集中して見ることができた。

 ブンカムラから出たときには気分がよくなっていた。渋谷は午後の遅い時間の光に包まれていた。きょうは、どちらかというとグダグダなかんじだったけれど、映画がよかったので、いい一日になったとおもった。

 ぼくはまた、スクランブル交差点を通って駅に戻った。たまには攻めたいちにちを送るのも悪くない。