ミツオ日記

自称詩人 熊野ミツオの日々

20231113

 きょうはやらなくてはいけないことがどんどんできる一日だった。普段は面倒くささが勝ってできないことがきょうはできた。
 起きたのは十一時近かった。きのうはなかなか寝付けなかった。夢を三つくらい見た。最後の夢はうんちを漏らす夢だった。他の二つは忘れてしまった。

 ここ数日で急に寒くなった。それなのに夏と同じ格好で寝ている。夏に買ったステテコと半袖のティーシャツで寝ている。衣替えがうまくいっていない。
 きょう、やることはナナロク社の短歌の賞に応募するための代金をコンビニで振り込むこと、それと髪の毛が伸びてきているのでQBハウスに行って散髪をすること、しまむらで冬用の部屋着を買うことだった。

 朝ごはんにはきのうつくった寄せ鍋のスープに冷凍ごはんと卵を入れて雑炊を食べた。それから、家事をした。ゴミをまとめて出して、洗濯機を回して、布団を外に干して、掃除機をかけて、トイレを掃除して、食器を洗った。たまにこうしてまとめて家事を済ませると気分がよくなって自己肯定感が上がるような気がする。
 きょうは風が強くて、ベランダの手すりに干した布団が風でめくれるので、その度にベランダに出て直した。秋も終わりになって、冬の入り口、太陽の角度が低くなったので、部屋に太陽光がいっぱいに入ってきて部屋があかるい。レースのカーテンを通して入ってきた光は部屋の壁に模様をつくっている。ヤドンのぬいぐるみがいつもよりピンクに見える。畳に寝そべってツイッターをする。
 遅くまで寝ていたのですぐにお昼ごはんになった。お昼ごはんにはパスタを茹でて、レトルトのパスタソースをかけて食べた。きのこと野沢菜のソースだった。食後、みかんを一個食べた。もう、みかんの季節なのだとおもった。みかんは皮を剥くのが簡単で、一袋に何個も入っているし、なんか身体にもよさそうな気がするので冬になるとよく買う。林檎や柿は買わなくてもみかんは買う。
 電話を二件かけた。一件は部屋に備え付けてある消火器の交換に関しての電話で、もう一件は支援者さんにかけた。でも、支援者さんはいなかったので、他の職員さんが出た。職員さんに、最近、支援者さんが相手をしてくれないのだ、と話すと、あしたの午前中はいると言われた。支援者さんは忙しくて、ぼくにかまっている暇がないらしい。支援者さんはぼくに飽きたのかもしれない。

 三時になったのでベランダの布団をしまってから外に出た。なんだかよく晴れていて暖かそうだ、とおもったので上着なしで外に出たけれど、寒かったのですぐに引き返してきて緑色の上着を羽織って、また改めて外に出た。外は風が強かった。ツイッターとかで読んだけれど、これは木枯らし一番らしいとわかった。
 もうだいぶ日は傾いていて黄色っぽくなっていた。地上は青みがかった影に覆われていて、木の梢など、高いところにあるものだけに光が当たっていた。黄色く紅葉した葉っぱが太陽の黄色っぽい光に当たってさらに黄色くなっていた。
 歩いて二十分くらいのところにあるコメダ珈琲店まで行った。きょうは短歌をつくるつもりだった。席に座ってアイスコーヒーのたっぷりサイズを注文した。ぼくはどちらかというと暑がりなので、まだアイスでもいいとおもった。
 しばらくすると中年の女性二人組が来て、ぼくの隣の席に座った。その二人の会話が気になって、短歌をつくるどころではなくなってしまった。二人はずっと食べ物の話をしていた。ぼくがお笑い芸人だったら二人の会話を基にネタを一本書いたかもしれない。
 二人の会話は食べ物の色についての話からはじまった。食べ物は暖色系のものの方がおいしそうに見える。だから、たとえばかき氷のブルーハワイのようなものはおいしそうに見えない。
 次にいつのまにか話は納豆の話になっていて、納豆にキムチとか卵を混ぜるのはダメ、みたいな話になった。「納豆を食べるときは納豆だけ、じゃないと納豆に失礼だから」「あの小袋に入っているタレは健康に悪いのよ」と話していた。
 他にも芋煮の話などもしていた。
 ぼくはだんだん二人とは逆方向の壁に押し付けられているような姿勢になってきた。きょうはもうダメだとおもったので、ぼくが席を立とうとおもいはじめた頃、二人の女性が先に席を立ってお会計をして出ていった。結局、二人は最初から最後までずっと食べ物の話をしていた。食べ物の好みが合わないと、人間性も合わないという勢いがあった。でも、そういうものかもしれない。
 静かになったので、短歌を二首つくった。どちらもあまり出来はよくなかった。以前、ツイッターで短歌とは何か? というアンケートをとったことがある。そのとき、選択肢として「日記」「手紙」「呪文」「パズル」を挙げた。いちばん票が入ったのは「呪文」だけれど、「呪文」って何だろう。何の「呪文」なんだろう。
 ぼくは自分の短歌は「日記」に近いとおもっている。ぼくの短歌は「日記」と「パズル」の中間くらいだろう。でも、この前、テレビで俵万智が「短歌はよく日記だって言いますけれど、手紙のつもりで書くとうまく書けます」という内容のことを話していた。やはり、俵万智のような人気のある歌人は、読み手のこともよく考えているのだ、という気がした。それにしても短歌を「手紙」だとおもって書くとなると、それを受け取ってくれる相手が必要だ。最近はそういうようなことを考えている。

 コメダ珈琲店を出ると、すっかり暗くなっていた。短歌を頭のなかで考えながら歩いた。空は暗い青色で、飛行機の小さな白い光がゆっくり動いていた。雲の形もよく見えた。ぼくはファミリーマートに寄って、ナナロク社の短歌賞に応募するための代金を支払った。手数料三百円をプラスして千四百円だった。
 ナナロク社の短歌賞にはネットなどに発表した短歌も受け付けてくれる代わりに百首必要だった。短歌をはじめて三年が経っていたので、百首はあった。二年ぶんくらいだった。ツイッターの友だちも同じ賞に応募するようだ。

 朝、決めた通り、用事を一つずつ済ませていった。ファミリーマートの後は、しまむらで部屋着を買って、QBハウスで散髪をした。
 いまはもう夜の十二時を過ぎていて日付も変わった。おもったよりも長くなってきたので、この文章はここで終わりにしようとおもう。